鳴きわめく鶏が
途中から諦めたように静かになり
ゆっくり目を閉じてゆく。
ルアンパバーンの朝市で
鶏を絞める場面に出くわす。
淡々と当たり前のように
その作業をするおばさん。
生き物がある時点から食べ物に変わる。
”いただきます”
の原点を思い出す。
お楽しみさまです、松本敏弘です。
旅から帰国しました。
郷に入っては郷に従え。
旅先ではその土地の食べ物を
先入観なく何でもいただくことにしている。
ローカルの名物料理を食べることは
旅の楽しみのひとつ。
だけど
それだけでは何か足りない。
美味しかった
美味しくなかったで
済ますんじゃなくて
その料理ができるまでの
プロセスまで遡ってみる。
出来れば
その食材を作っているところ
売っているところまで行ってみる。
だから旅先でのお約束は
必ずその土地の市場を訪れること。
料理教室にも参加する
今回は予約が取れず断念。
土地の人がいて
採れたて食材が所狭しと並ぶ
その土地ならではの調味料やスパイス
どんな人たちが、どんな想いで
食材を扱っているのかを感じることで
料理を食べた時の受け取り方が変わり
その土地のエネルギーや波動までも
取り入れる事が出来ると思う。
面白いのは
食べ物が変わると
雲古が変わるんです。
土地の食べ物を通して
土着の微生物を取り込むせいか
腸内環境が変り
その土地らしい
雲古に変わってきます。
身土不二
を言葉じゃなく体感できる。
ところで
「いただきます」という言葉
%LAST_NAME%さんも
食事の前に言ってますよね。
「いただきます」とは本来
生き物(動物、植物に限らず)を殺めて
その命を自らの血肉に変える時の儀式の言葉。
でも今どき
どれだけの人が命を頂いている
という意識をしているのか?
都市で生活していると
作り手とは物理的にも、
精神的にも遠くなり
分業化がすすみ
食べ物は部位ごとに分けられ
便利で”おいしく”加工済みで
命をいただいているという感覚が
どんどん希薄になっている。
だからこそ
日々の料理は、
ただおいしいものを作るだけでなく
その背景にあるものを受け取って
料理に移していくことが
料理する人の役目だと思っています。
ちゃんと食べるということは
他の命によって生かされている
ということを肝に銘じ
その命を使って
与えられた天命をとことんやり抜いて
自由で楽しい人生を生き
縁ある人に喜ばれる。
おいしい+α
今年もそんなことを
料理、講座を通じて
より一層大切に伝えていきます。
1月2月の講座情報はこちら
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お会いできるのを楽しみにしています。